8月3日はおじいちゃんの命日。
何十年前に亡くなったかも覚えてないけど。
小学校低学年か中学年か。
私の親戚は無駄に多いと思う。
10人もこどもがいて、誰もおじいちゃんとおばあちゃんをひきとらなかった。
おじいちゃんが亡くなっておばあちゃんをどうするかってなって
私はおばあちゃんちの家の2階でいとこと遊んでて
大人たちが話してることを盗み聞きしたくてこそこそしてて
たまたま耳に入った言葉が怖かったのは覚えてる。
土地も家も全部くれるならばーさんの面倒はみてやる
そういったおじさんはその日から絶縁
離れたところにすんでるおばさんも、今住んでるおばあちゃんち売って
そのお金を持ってくるなら面倒みるよって
言ってから絶縁
兄弟は8人になった。
おばあちゃんは泣いてた。
しばらく一人で住んでて、長女夫婦と一緒にすむようになったけど
全然嬉しくなさそうに住んでた。
その長女夫婦がハワイに旅行に行くから、その間よろしくって
おばあちゃんは一人になるのを喜んでたけど
ちょうど私のお父さんが仕事で家にいなかったから
お母さんはおばあちゃんをうちに泊まりに連れてきたんだ。
嬉しかったのに次の日、おばあちゃんは救急車に乗った。
私もそのときはじめて救急車に乗って
車の中はサイレンで会話ができないくらいうるさいんだって知った。
1ヶ月もしないでおばあちゃんは亡くなったけど
最後にうちにこれてよかっただろうって思ってる。
きっと、そばにいたのがお母さんでよかったんだろうなって。
あんまり覚えてないけど、おばあちゃんが火葬場で焼かれてるとき
お母さんに、うちにいてよかったねって言ったような気がする。
おじいちゃんが亡くなって骨をひろったときは
たぶん小学校低学年で、よくわかっていなかったから覚えてないのかな。
おばあちゃんの骨をひろうときは小学校5年生で
それまで何人もの親戚の骨をひろうことがあったけど
はじめて怖いって思ったんだ。
おばあちゃんがすかすかの骨になって、小さくて、砕くまでもなくて、
熱くて、お母さんが泣いてた。お父さんも泣いてた。
今思えば、脳梗塞で入院して、意識はあったけど体は麻痺して
そのまま人も物もわからなくなって、わからないまま亡くなっていった。
入院期間も短かった。
心臓マッサージされてるおばあちゃんの体がはねてて怖かった。
なんでこんなこと思い出したのかな。
不安だからかな
おなかが痛いからかな